・一緒に編集作業に参加ください。原稿も待ってます「東京あさぼらけ」の編集作業に参加されませんか。現在、編集部のメンバーは50代だけですが、40代、30代、さらには20代など幅広い仲間に加わってもらい、より充実した紙面づくりをと思います。いろいろな分野で活躍する同窓生たちへのインタビュー取材や企画づくりなど、わいわいガヤガヤ楽しさいっぱいの編集作業です。また、皆さんの原稿もどんどんお寄せください。内容は近況報告、呼びかけなど特に制限はありません。 ・・・ 続きを読む
最近博多事情-西部偏重で元気のない博多部【東京あさぼらけ第3号】
池見哲司(高18回・在福岡) 昨年の福岡の最大ニュースは、やっぱりダイエーホークスのリーグ連覇でしょう。日本シリーズで金権球団の読売ジャイアンツに敗れたのは悔しいけれど、福岡から球団が消えた11年間、ホークスが下位を低迷していた10年間を思えば、御の字です。今年は粉砕してくれます。思い出しますよね。56年から58年にかけて、三原脩監督率いる西鉄ライオンズが水原茂監督のジャイアンツを3年連続で破ったことを。あれからもう42年以上もたったのですね。豊田、中西、大下、稲尾ら栄光の獅子軍団を育てた平和台球場は4年前に解体され、跡地では鴻臚館(こうろかん)の発掘調査が続いています。福岡城址一帯は歴史公園として整備される予定です。公園といえば、福岡市の文化施設が天神より西にばかりできるのが気に入りません。百道の埋め立て地に市立図書館と博物館。大濠公園に市立美術館と武道館。須崎の市民会館と県立美術館を含めれば、みんな那珂川より向こうです。進藤一馬さんのあと市長になった桑原敬一さんの時代に、西偏重のレールが敷かれました。九州大学を糸島に移転させることにしたのも桑原さんです。修猷館出身だから、とは思いたくないのですが。もっとも、懸案だった川端の再開発をやり遂げたのも彼だということは言っておかなければなりません。ただし、入居テナントのうち、ホテルオークラや博多座はまずまずなのに、一流ブランドを集めたスーパーブランドシティーが全くの見込み違い。発想がバブルですよね。市が出資した再開発会社は悪戦苦闘しているようです。わが博多部では、都心の空洞化が進み、冷泉、奈良屋、御供所、大浜の4小学校を統合した博多小が98年に開校しました。旧冷泉小を仮校舎に使いながら、今春、旧奈良屋小跡地に新校舎が完成します。玉屋がつぶれ、呉服町の博多大丸の後に入っていたエレデ博多も閉鎖。博多部はどうにも元気が出ません。東区では、6年前から和白沖に人工島の造成工事が進んでいます。目の前に面積400ヘクタールもの島ができれば、袋小路の和白干潟は水が淀むのが当然です。すでに潮干狩りもできなくなりました。千代松原から箱崎松原、香椎潟、和白浜を経て志賀島に至る白砂青松の博多湾が消えてしまった今、失ったもののかけがえのなさを痛感します。福岡市政府が一日も早く、開発路線から環境重視へ転換することを願わずにはいられません。 ・・・ 続きを読む
消化器外科医からの癌アドバイス 早期発見が最良の治療法【東京あさぼらけ第3号】
「何かあったらメールでお尋ねください」有田・・・ 続きを読む
卒業40年の今年、岐阜・高山に集う 東京寿山会も動員して参加を予定【東京あさぼらけ第3号】
石井哲次郎(高13回) 私たち高校13回卒の同窓会は「寿山会」といいますが、東京寿山会は16年ほど前に発足しました。毎年、7月の第一金曜日18時30分に集まっています。別名「七夕同窓会」です。関東近辺には約60名ほどの寿山会会員がいて、七夕同窓会にはいつも20名程度が集まります。中でも女性軍の結束は固く、お互いに連絡をとりながら参加してくれます。会場は、会員の赤星修君が勤めている会社が営業しているJR東京駅の「ルビーホール」を格安で使わせてもらえるので、ここに決めています。東京駅は千葉県、神奈川県、東京都内などに散在する会員たちが集まりやすいということで好評を得ています。この会報をご覧になった寿山会の方は、ぜひ参加してください。東京寿山会はこの定例会のほかにも、ゴルフ会を年に2、3回開いています。会員にゴルフメーカーに勤める人がおり、クラブなどゴルフ道具を、こちらも格安で世話をしてくれたりします。私たちは今年、福高を卒業して40年になります。最近、寿山会では5年ごとに全国にいる会員たちに声をかけて一泊の旅行会をしておりますが、今年はその年にあたり、皆が集まりやすい岐阜・高山に決まっています。東京寿山会を動員して参加する予定です。寿山会会員は、あと2年前後で60歳、還暦です。定年退職を迎える人が多くなるわけですが、たとえ現役を退いた後も、東京寿山会を楽しい集まりにしたいと思っています。 ・・・ 続きを読む
「鳥の顔」と「鳥屋」の仕事【東京あさぼらけ第3号】
岩水良和(高23回) オオタカの顔の違いが分かりますかタカの1種オオタカ、同窓会で20年ぶりに昔の仲間に会う。もちろん、学生服がスーツに変わっている。笑顔、ちょっぴり緊張した顔、すまし顔……でも、分かるのです。懐かしい個性との再会なのです。それに比べると、「鳥の顔」を見分けるのは、とても難しいのです。庭先で遊ぶ3羽のスズメ、ゴミ置き場の5羽のカラス、その中の1羽を追い続けられますか。鳥の顔は小さい上に個性が見えにくいから、それが困難なのです。日差しで光沢が変化し、風が吹くと羽が乱れるなどして確認するには不確定要素が多く、識別するのは手ごわい相手です。鷹匠は「鷹に個性はある」と言います。同時に「野外での識別は、まず無理でしょう」と付け加えます。オオタカは蒼鷹(アオタカ)の転読です。カラスと同じサイズなので大きいという人は少ないものの、とにかく精悍です。あの家康がオオタカによる鷹狩りを好んだことは、よく知られています。そして今、長野五輪、愛知万博、空港、道路、ダム、原発など、大掛かりな開発事業のたびに「オオタカの生態環境を守ろう」というスローガンの文字とともにオオタカの顔がTシャツにプリントされたりします。 建設事業と自然を深く理解すること建設事業には「良いものを造りたい」という理念があります(あるはずです)。事業者は、ともすると自然を深く理解することなく「良いもの」を造ってきた傾向があります。それで納得していて、それが通ったのです。ところが、一事業者の「良いもの」に疑問が出されるようになったのです。理念を説明し切れない事業が拒否されるようになったのです。となると、事業者は理念あるいは事業計画を再構築し、説明するための資料を集めることになります。しかし、「裏山に棲んでいるオオタカは、事業でどうなるの」という疑問に答え得る資料は、まずありません。そこで、事業者は私のような「鳥屋」に現地調査を依頼することになります。「鳥屋」は考察を加え、対策案を添えた調査結果を示すわけですが、これに時間がかかるのです。最低1年、最長10年以上かかって、それが現実という時代になったのです。野生のオオタカは田畑や市街地の上空にも現れますが、巣は樹林の中に作ります。つがい(夫婦)でテリトリーを形成するので、隣の巣との間は2キロメートル程度(以上)離れています。樹林が広がる地域では、2キロメートルの網目状に巣が分布することになります。しかし、そこは翼がある鳥のこと、例えば、ある巣の周辺に5羽が同時に出現することがあります。「鳥屋」としては5羽のうち、つがいの2羽を特定したいわけで、それが出来るようになれば考察は深まります。そんなわけで、60倍の望遠鏡を覗きながら、1キロメートル先の樹の上に止まる2羽の識別に関心を持っています。しかし、これがまた、時間がかかりそうです。 ・・・ 続きを読む
福高ラグビーのファンからラグビースクールのコーチになる【東京あさぼらけ第3号】
湊洋二(高34回) ラグビー王国・神奈川――。神奈川県にはその底辺を担うラグビースクールが17団体あり、その一つである『麻生ラグビースクール』で現在コーチとして子供たちにラグビーを教えています。我が『麻生ラグビースクール』は強豪揃いの中で毎年好成績を収め、県下でも上位クラスであることは間違いないと思います。その強さの秘密は何ですか?・・・ 続きを読む
なんばしょっと 酒と放浪癖を駆り立てた思春期の教え【東京あさぼらけ第3号】
ただ今、酒の本26冊目を執筆中稲保幸(高5回) 「一歩でもいいからゴールに向かって進め」人文地理のジィさん(竹村先生)は、授業の半分は冗談を言って生徒を笑わしました。曰く、「スペインの家屋はトタン屋根が多く、真夏は屋根が焼けている。スズメも屋根が熱いことを知っていて、いつも電線にとまる。スズメの餌を屋根の上に投げてやると、餌から湯気が出て美味しそうな香りが立ちのぼる。餌を求めて屋根に舞い降りたスズメのやつ、足をやけどして転がり落ちる。地上に転がり落ちるまでにスズメはほどよく焼けている。スペインの人たちは、シェリーという旨い酒を飲みながら上から落ちてくる焼き鳥を肴にする。これが旨いのだな$301C」ジィさんは、生徒が喜ぶと得意になって講義したものです。生徒はどこまでが本当で、どこからが嘘か判断に苦しみました。私は当時から放浪癖があったせいか、話題が世界に広がる先生の講義が好きで、好きだから人文地理の試験はいつも満点でした。漢文の教師はカッパさん(小野先生)で、高校日本一のラグビー部の部長も務めていました。「ラグビーの試合には補欠がない(当時)。10人倒れたら、残りの5人で戦うのだ。戦力が落ちても負けたら理由にならない。ボールを持ったら後ろに回さず一歩でもいいからゴールに向かって進め」この教訓は、今でも私の人生哲学の中のひとつとして脳裏に刻み込まれています。またカッパさんは、自分の担当する漢文が不人気なのを自覚していて苦労されたようでした。「今度の試験には、なんでもいいから漢字だけで文章を書け。そいつには20点やる」と公約したのです。そして、試験には公約どおりの問題が出たのです。「酒、量なくば、乱に及ばず」と、私は漢字だけの文章を書いて、苦労した漢文もぎりぎりでクリアしたことを覚えています。私が書いたこの漢文は、教科書には載っていません。どうして書けたのか定かではありませんが、カッパさんの授業のとき、ノートの片隅に書き込んでいたのは間違いありません。思春期に受けた教えは強烈に人生に影響を与えるもので、20点いただいた「酒」と、ジィさんに放浪癖を駆り立てられた教えの影響で、その後の人生を送るようになったのでした(実は、私は『世界酒大事典』など酒の本があり、現在、26冊目を書いています)。 世界のカクテル大事典(上巻)・・・ 続きを読む
江口保之先生を偲んで 死線を乗り越えた曲想に感動【東京あさぼらけ第3号】
山本健二(高3回) 昨年10月26日、福岡銀行本店大ホールで江口保之先生(昭和22年から42年まで在籍)の追悼リサイタルを行ってきました。ロビーには先生の遺影が飾られ、開演前、誰もいないそのロビーで私は先生の遺影に、その日の歌に魂が込められた歌唱が出来るよう、お願いの黙祷をしていました。思いは51年余り前にさかのぼります。それは昭和24年の秋、私が福岡高校の2年生のときでした。ピアノを弾きながら五線紙に音符を書き込んでいる先生は、いつも違う雰囲気を漂わせ、メロディや和音もあまり耳にしたことのないものでした。恐るおそる「なんという曲ですか」と尋ねたところ、先生は「白秋の『邪宗門』を作曲しているが難しいな」の一言。そのときの不可思議で幻想的な音は、その後も時折脳裏をよぎっていました。4年前に先生にお会いしたとき、ふと思い出してその後“邪宗門”はどうなりましたかと伺ったところ「まだできとらん」と言われたのですが、その4月先生は病のため死線をさまよう経験をされました。ところがその11月突然、邪宗門の第二詩篇“邪宗門秘曲”の楽譜が送られてきました。それは今までの日本歌曲にみられない壮大な構成力をもつものでした。病身でそのうえ間もなく傘寿を迎えられる先生の、どこにこれほどのエネルギーと気力があるのかと驚嘆しました。その旋律と和音と曲想の展開に感動した私は、凄い曲を書かれましたねと申し上げると「うん、何か書き残しておきたいと思ったのでね」と言われました。死線を乗り越えられた先生が、生のあかしとして書かれたものと受けとめました。スケールの大きい幻想的な音の世界に魅せられた私は、リサイタルプログラムのなかの一つを邪宗門の曲で組みたいと思い、“謀叛”を含めあと3曲作って下さいとお願いしました。後になって、病後の先生に何という無理なことを言ってしまったのかと後悔しましたが、その後次々と作品が送られてきました。しかし先生は、歌う曲は君が選んで歌えばよい、僕の作品だからといってすべて歌わなくてもよいのだよ、とおっしゃっていました。先生ご自身も一昨年末、どうしてもこれだけは作曲したいと作られた“帰去来”を私の録音を聞いた後、書き直したいところがあると言われたのです。永遠の世界へ旅立つ際まで、詩と音楽への純粋さを求めていたのです。(因みに、帰去来の詩には先生の半生と重なるところがあるのを、お手紙の中で知りました)亡くなる半年前のその頃は、頭の中は音がいっぱいかけ巡るのに指が痛くて一小節書くのがやっとなんだよ、とうかがっておられました。それでも書き続けたのは、自らの生へのあかしと作曲家魂のなせるものだったに違いありません。リサイタルのプログラムには先生の作品の中から、詩集『邪宗門』の巻頭を飾る“邪宗門秘曲”並びに最高傑作といわれる“謀叛”の大曲と小品の“空に真赤な”“ほのかにひとつ”の4曲を選び歌いました。昨年5月7日、81歳の生涯を閉じられましたが、先生の魂は作品とともに私たちの心にいつまでも残るものと信じています。 ・・・ 続きを読む
会長あいさつ 新しい世紀を迎えて【東京あさぼらけ第3号】
会長・・・ 続きを読む
21世紀の人と社会のあり方、生きる視点は―――家庭に豊かな「内なる言葉」の復権を【東京あさぼらけ第3号】
近著『家族を「する」家』が反響を呼んでいる芥川賞作家・藤原智美さん(高26回)に聞く 高26回卒の芥川賞作家、藤原智美さんが昨夏出した『家族を「する」家』(プレジデント社)が、前作の『「家をつくる」ということ』(同)に続いて大きな反響を呼んでいます。夫婦、親子関係など家族・家庭のあり方、つまりは社会と人間の根本的なあり方を問いかける両著が、さまざまな情報が氾濫するなかで、逆にもともとコミュニケーションを失い、混迷の中で「ゆらいでいる」現在の親たち、夫婦、家庭に、小説家の感性と洞察力で展望と温かいメッセージを送ってくれているからです。その藤原さんに港区白金台の自宅でお話をうかがいました。 「夫婦の絆」が弱まっている『家族を「する」家』は、日本の社会を支えている家族が、これからどうなっていくのだろうかという観点から書きました。今までは、親子関係が家族だというふうに捉えられてきました。しかし私は、その前に夫婦の関係があると思うのです。そして今、その大事な夫婦の絆が弱まっているのでは、と思うのです。現在の家族の運営、言い換えれば家族をすることの大半は「情報処理」なのです。その意味で、情報社会を変えるのは企業や社会ではなく家族関係ではないか、と私は考えています。子供の誕生会を例に考えてみましょう。誕生会をする時、若いお母さんたちはまず、誰を呼び誰を呼ばないか子供からの情報を元に出席者リストを作ります。そこでは、子供同士は仲が良くても母親同士が折り合いが悪いとか、呼ばれなかった子供が仲間はずれにされないかといったことも加味しなければならないので、極端に言うと結婚式の出席者リストを作るより難しいのです。次に、どこで開くかです。家かファミリーレストランかホテルか。そうです。塾選びなども同様で、その次には、プレゼントに対するお返しをいくらにするかを考えなければなりません。高過ぎず、安過ぎずがポイントです。お母さんたちは、そうした情報処理に1カ月近くもかかりっきりになるのです。一見つまらない、大したことではないように見えるかもしれないが、決しておろそかにはできないのです。なぜなら、それによって子供の友達関係が変わることも考えられるからです。これは、まさに選択と判断を迫られる情報処理です。その大半を母親がしているのです。こうした情報処理が現在の家庭ではとても多くなっているのです。家事労働は、かつての炊事・洗濯ではなく、実はこの情報処理が大半を占めているということに、男(夫・父親)たちはほとんど気づいていないのです。だから、妻の相談に乗ってやり、夫婦の対話によって彼女の悩みやストレスを解消してあげられないのです。しかも、昔なら地域社会が助けてくれていた部分が減って、夫婦の間だけでこなさなければならない情報処理がものすごく増えているのに、です。こうした時代の変化、基盤の変化を捉えきれないまま、家族と家族の意識が変わっていないところに「ゆらぎ」が生じているのです。実際、夫婦の絆が弱まったことで、母親による殺人など悲惨な事件がたくさん起きています。 絆を深めるのは対話の場所の寝室それだけに夫婦の絆を深める対話の場所が重要なのに、そのための場所である夫婦の部屋、寝室が住まいの中にないといってもいいのが現実です。もしかすると、夫婦の部屋が家の中で一番貧弱かもしれません。理想的には子供部屋の2倍くらいあり、そこでしっかり話し合いができることが大切なのです。親の側は子供のために我慢していると思っているかもしれませんが、そんなことは子供には伝わっていないのです。子供部屋はむしろ安普請でもよいけれど、夫婦の寝室はドアも重厚なものにして、子供たちがその違いをはっきりと認識できるようにしなければならない、と私は思うのです。 思考力・創造力を結実する「内なる言葉」を持とうでは、なぜこうした今日の状況が生まれたのでしょうか。私は、言葉の力が弱っていることが大きな要因だと思っています。現代人は、瞬間的な情報を視覚で受け取り消費することが多くなっていますが、そうした視覚偏重の時代風潮のなかにあって、内省し、心の中で言葉を組み立てる思考力、想像(創造)力がかなり貧困化してきているように思えてならないのです。ヘッドフォンをしてコミック雑誌を読みながら道を歩く、大量の情報を消費している現代の若者たちは、情報ツールの何もない空間に数時間といられなくなっているのではないでしょうか。本来、孤独に耐えられるのが人間で、その孤独に耐えるために必要なのが思考力、想像力なのです。しかし、今の子供たちは、「自由に空想できる時間は退屈な授業中くらい」と皮肉な言い方があるくらいに、とにかく忙しい。そんな状況では、自分自身で考えたり、想像したりする力は、かなり失われてしまうのではないかと思うのです。 思考力、想像力を結実するのは言葉です。その言葉には内側をめぐる言葉(内なる言葉)と外側をめぐる言葉がありますが、いま、内側をめぐる言葉が失われつつあるのが気掛かりです。外側をめぐる言葉ばかりになっているのです。例えば、Eメールやインターネット、携帯電話は外に噴出する言葉です。その外に噴き出す言葉は、内をめぐる言葉によって支えられていたはずなのに、それが空洞化しつつある。外側をめぐる言葉ばかりになっているのです。作家の仕事に即して言いますと、内なる言葉をつくっているのが文学なのですが、今日、書き手の側も読者の側も、それが弱っているのです。本を書く、本を読むというのは、とても忍耐力が必要なことなのですね。 問題を解くカギは夫婦が握っているこれを家族で考えてみましょう。現在の社会は家族以外に子育てのシステムを持っていません。表現を変えると、家族と家族の愛情によって子供を育てていく以外の方法を私たちは持っていないのです。それだけに、情報処理と対話の場所である家庭に言葉を復権させなければ、人間にとって大事な「内なる言葉」がなくなってしまいます。まず男と女が出会って家族を作るわけですから、この問題を解くカギは夫婦が持っているとの認識を私は持っています。夫婦に対話がないのに親子に会話が生まれるはずはないのです。夫婦のコミュニケーションがとれていないのに、家族の団欒があるはずはないのです。夫婦の関係、男と女の関係に、言葉を含めた豊かなコミュニケーションをどれくらい復活させられるかが求められているのだと思います。この点を私たちは、ルーズに考えすぎていたのではないでしょうか。大きく変化している今日の時代、情報社会にあって、阿吽の呼吸とか以心伝心とかは全く通用しなくなっているのです。問題は、言葉に出して解決していかなければならないのです。まだ「そんなことはない」と思っている夫婦がいるとすれば、その人たちは大きな誤解をしており、ある時突然、家族・家庭の中に大きな亀裂が入っているのに気づき、茫然自失することになるのではないでしょうか。(談・まとめ・・・ 続きを読む