「福高体育祭」のあの必死さ、素晴らしさを思う【東京あさぼらけ第5号】

高江誓詞(高48回) 福高体育祭。卒業してもうすぐ7年になるが、高校時代、応援団に所属していた私にとって、体育祭への思い入れは一際強い。加えて昨年のそれは、別な意味からも特別な感があった。というのは、弟が体育祭で団長を務めたのだ。7月に帰省した時、弟から「体育祭の団長に選ばれた」と聞き、非常に驚いた。同時に、福高のお陰で弟もずいぶん成長したな、とうれしくなった。「がんばれよ!」と励まし、東京に戻った。それから2カ月、体育祭当日は残念ながら私は用事で見に行けなかったが、10月に学会が福岡であった時にビデオを見せてもらった。ビデオから私は何か迫り来るものを感じた。皆が必死になっている姿、学校が一つになっていく様子、今も福高の良き伝統が受け継がれていた。応援団としての最後の晴れ舞台だった自分自身の体育祭と重なり、とても懐かしかった。そして、福高の体育祭はこんなにすばらしいものかと驚いてしまった。現在、私は大学院の修士1年、日々研究生活を送っている。一生懸命がんばっているつもりだったが、あのビデオを見た時に改めて何か大切なものを思い出した気がした。あの時の必死さだ。自分自身、そして皆があの時のように必死になれて取り組めば、今の日本は変わると思えた。福高で高校時代を過ごすことができて本当によかった。福高魂は卒業して皆それぞれの道を歩んでいっても、心の中にいつまでも残っているものなのだろう。弟の体育祭のビデオを見て、そう強く感じた。 ・・・ 続きを読む

新横浜ラーメン博物館の立ち上げをプロデュース 出店してもらう「美味」を求めて 全国500店以上食べ歩き【東京あさぼらけ第5号】

中村淳(高31回) 新横浜ラーメン博物館(横浜市港北区、JR新横浜駅から徒歩5分)という施設をご存知でしょうか。全国のラーメン名店を一堂に集め、その美味しいラーメンを更に美味しく食べていただくアトモスフィアを醸成するために、昭和30年代のノスタルジックな街並みを再現した施設です。94年のオープン当時はかなり話題にもなり、10年近く経過した現在でもオープン当時を上回る勢いで集客しています。カレー・ミュージアムや餃子・寿司などをテーマにした類似施設の先駆けとして、よく引き合いに出されているようです。私はプロデューサーとして、この施設の立ち上げに関わらせていただき、実際オープン当時のラーメン店8店舗の出店契約には全部立ち会ったのでした。プロジェクトが立ち上がったのが91年10月、8店舗目の「一風堂」さんに契約いただいたのが93年4月頃だったと思いますが、その間の1年半余りは、ひたすら全国各地を回ってはラーメンを食べまくり、そのラーメンが美味しかったら店主に時間を取ってもらって企画を説明し、出店を促すことが私の仕事だったのです。現実的には、「美味い!」と思って、店主に時間を取ってもらうのは10店に1店の割合だったでしょうか。つまり、1年半、私はひたすらラーメンを食べ続けることのみが仕事だったといっても過言ではないのでした。その間のことをちょっとダイジェストしてみましょうか。●このプロジェクトで訪れた最北端が旭川、最南端が鹿児島、その間食したラーメン店は500軒店以上。●1日に最も多く食べたのは7杯。●何度もお邪魔したのは、現在も博物館で営業していただいている「すみれ」さん。当時はなかなか出店をOKしてくれず、結局30回ぐらいは通ったと思います。●この1年半で増えた私の体重は18キロ。プロジェクト終了時に過激なダイエットに挑み、1カ月半で15キロ戻しました。 門司の「絶品」は出店叶わず「まぼろしの味」にところで、このプロジェクトで様々なラーメン店と出合えたわけですが、どこが一番美味しく感じたかと聞かれれば、出店していただいたお店以外だったら、躊躇なく私は門司にあった「民子ラーメン」さんを挙げます。九州男児としてはぜひとも出店していただきたかったのですが、諸般の事情で叶いませんでした。今も営業しているのかどうかも定かではありませんが、私が知る限り、他店との類似が全く感じられない独特で、一口すすれば「絶品!」と叫ばずにはいられない味は、私の筆力では到底再現不能です。ラーメン博物館に出店していただいて一人でも多くの人に、その「まぼろし」の味を堪能していただく機会を作れなかったのが今でも心残りなのでした。 ・・・ 続きを読む

関西だより 楽しい7つの同好会発進中!【東京あさぼらけ第5号】

三浦元(高11回) 我が関西地区でも近年新しい動きがある。まず平成13年11月に立ち上げたホームページ。高28の岡部和也氏の尽力による。アクセスも1年を経て1800件になる。情報の伝達法として今はまだ微力だが、将来は必須となろう。サイトも、お知らせ、会長室、資料室など10を超え、懐かしい校歌が聞ける音楽室もある。アドレスは・・・ 続きを読む

今どきの高校生と教師の間 浅くて狭い溝の向こうに不安の中で「大丈夫?」を連発する若者たち【東京あさぼらけ第5号】

緑川あつ子(高27回) 横浜市の教員になって23年。市立南高等学校に転勤して5年を迎えました。「ナンコー」の呼び名で地元に親しまれている、今年創立50周年を迎える学校です。男女比が7対10弱で、女子の力が実際の数以上に圧倒している感があります。(これは、近年どの高校にも見られる傾向のよう)。遥か昔の高校時代の私と今を生きる高校生。時代と地域は違っていても、底にある不変のものと、変わってしまったものとがあります。南高生を通して見えるものを少し話したいと思います。 驚くほど確認したがる「相手にとっての自分」「ミドティ、俺(私)だいじょうぶかなぁ……」。何度この有声無声の言葉を聞いたことでしょう。「ミドティ」とは私の南高校での呼称です。ミドリカワ・ティーチャーの略です。何でも略したがる若者言葉の一例でしょうか(そう言えば、我々の高校時代も、恩師をあれこれ呼んでいましたネ。懐かしい名前を思い出します)。自分の時代と決定的に違うのは、その呼称を面と向かって使わなかったなあ、ということ。「砕けた呼び名を使うことが親愛の情を表している」というのが彼らの論理らしいです。大人との距離を言葉や態度の砕け具合で測っているのが見受けられます。砕けているということは、気持ちが近いということだから、と。そして、親愛の情を示した後に相手に望むのは、自分の「ポジション」を「言葉で表して欲しい」ということ。だから「大丈夫かな?」を多用する。言葉はない時でも、その態度や雰囲気で、子猫が母猫を見上げるように、目に見えない尻尾をパタパタと振っている大型犬が「よし!」を待っているかのごとく、期待の眼差しが私に向けられているのを感じます。生徒の誰よりも背の低い私は、頭上20センチからの視線に、その時に発すべき言葉を探します。友人関係、学力、恋愛……高校生を取り巻く悩みは多々あります。そして彼らは驚くほど「相手にとっての自分」を確認したがる。友達から、大人から、「大丈夫だよ」という「言葉」をもらって、やっと安心するのです。「自分がそう思うから、それでいい」は「理想」ではあるけれど、自分でそう出来るかと言えば、自信がない。幼い頃から「目で見る形・耳で聞こえる形」で表すことを是として育ってきた子供たちにとって、「見えないもの・聞こえないもの」を通して物事を判断することは、恐ろしく不安なことなのかもしれません。自分が言って欲しい言葉や数字を受け取って、やっと安心するのです。「大丈夫だヨ」「その方が良いと思うよ」「相手もそう思っているのでは?」・・・その言葉を受け取った時のほっとしたような表情を見るにつけ、その子の心の不安さを感じられ、切なさと少しの苛立ちを感じることがあります。特に、一昨年は3年生の担任だったため、生徒たちは殊更不安だったのかもしれませんが・・・。一人で乗り越えるべき。昔は他の人に、ましてや教師になんか、そんなことを聞かなかった。ーーそう思われる方も多いでしょう。私自身、高校時代、級友ましてや大人にそんな問いなどするという発想は無かったものです。ですが、今の子供たちは、成長過程で、自分で考え判断していく気持ちを、けっこうスポイルされてきているのではないか、と思うことが多々あります。与えられる情報は膨大で、しかも「見える形」のものが多い中、自分の中に絶対的な価値基準を形成することは、とても大変なことのようです。背中を押してくれる一言があれば、一歩踏み出すことが出来る。その一助の方法に賛否両論があることは分かりますが、毎日のようにどこかで発せられる彼らの言葉を、今改めて考えています。「オハヨ」「元気?」「だいじょうぶ?」「おやすみ」……高校生の必需品ともいわれる携帯。互いにメールでこれらの他愛もない言葉をやりとりしているのも、言葉で誰かと“繋がっていること”への確認行為であると言えます。生徒と教師の間には、深くて暗い溝がある、なんて斜に構えていた昔の高校生は、今、その溝が浅く狭くなっていて、その狭間になんとも心地いい橋が架かっているのを感じています。向こうには、わがまま・自己中心と言われる今どきの高校生が立っています。自信たっぷりのようで、子供たちは心の中で呟いていることは多いのではないでしょうか。「俺(私)大丈夫かなあ?」 ・・・ 続きを読む

福友会ゴルフコンペ報告 ご参加をお待ちしてます【東京あさぼらけ第5号】

5月(第14回)、11月(第15回)と、2回コンペを開催しました。場所は立川国際カントリークラブ。両日とも素晴らしい天候の下でプレイができました。14回は師岡一夫さん(高2)、15回は小野塚満さん(高16)の優勝です。コンペの参加者は14~15人、年々高齢化しています。11月のコンペでは、長澤修さん(中26卒、73歳)、佐藤良博さん(高1卒)らも参加し、60歳代でゴルフを始め、友人が増え楽しい、次回も必ず参加すると張り切っておられました。OB、現役にかかわらず、ゴルフの好きな方はぜひご参加ください。新年度も5月、11月の2回開催予定です。連絡先は幹事の案浦傳(高2)、小野塚(高16)まで。 ・・・ 続きを読む

ハトのふん害にちょっと憤慨しながら ベランダのひなの巣立ちを見守る【東京あさぼらけ第5号】

岩瀬智子(高39回) 東京に暮らして16年、小さなベランダのあるマンションに住んで10年になります。朝出勤して夜遅く帰ってくる「規則正しい生活」は空から飛来するハトたちにとって絶好の条件らしく、毎年春から秋にかけてベランダには着々と「落とし物」が増えていきます。初夏のある休日の朝、惰眠をむさぼっていると、つがいで遊んでいるような甘えた鳴き声がしてきました。いつもなら聞き流すのに、最近のふん害が派手だったので文句の一つも言ってやろうと飛び起き、ベランダに向かいました。カーテンを開けた私の目に飛び込んだものは、親から餌をもらっているハトのひな鳥!1羽と思いきや、後ろからもう1羽!!クルックー(絶句)。昨年の東京は猛暑で、クーラーをかけずに寝ると寝不足になってしまうような日が続きました。例にもれず、私もクーラーをかけて寝ていましたが、熱をもった室外機の下でひなが死んだら困ると思い、その日からクーラーをとめました。また、室外機のそばに湯沸かし器のスイッチがあるので、親鳥が見張っているときは邪魔しないようにこちらが気を使い、水風呂でがまんしました。「ハトの恩返しがあったりして」などと、ちょっぴり期待していましたけれど、ふんしかくれませんでした。くそっ。そんな迷惑なハトでも、ひなの行動はかわいいものがありました。親鳥が餌をもってくると口を大きく開けてチイチイと鳴きます。しかし、私がベランダの戸を開けたときには、2羽ともぴたりと鳴くのをやめ、しっぽや頭が室外機の陰から出ているにもかかわらず、視線を避けるかのようにしてじっとして動きません。そして、運悪く私と目があった時に見せる、はたはたと困っている姿もなかなかユニークだったので滅多に見ることのできないひなの成長を楽しく観察しました。そして、羽もそろい、無事お盆前に巣立っていきました。サケが故郷の川に帰るように、ハトも生まれたところに戻ってくると聞きます。ハトの成長を眺めるのは嫌いではありませんでしたが、やはりふん害は困りものなので、ベランダの手すりに釣り糸を張るという方法を実践することにしました。まずは手すりのふんを取ってからと掃除を始めたところ室外機の下でかすかな物音がしました。またしても!白い卵をそばにおろおろしている親鳥を見つけてしまいました。ハトとの戦いはまだまだ続くようです。効果的な撃退法をご存知の方、ご教示願えませんか?(さし絵は、去年の那須良輔諷刺漫画大賞のグランプリ受賞者で和歌山市の漫画家ハシヨシヒサさんに協力いただきました) ・・・ 続きを読む

数学劣等生の恨み節?「福中卒なら優秀」と見込まれ創業社長にしごかれる【東京あさぼらけ第5号】

福岡一成(中学26回) 校長の大温情で福中生に昭和22年、旧制福高受験に落ちて、鹿児島県の川内中学から福中5年への転校試験を受けた。当時の今井校長から「何ができなかったか分かっているか」と問われた。すぐに「数学です」と答えると「分かっているなら合格させてやる」。なにか珍紛漢というか大温情で福中生となった次第。福中卒が10年後、運命を大きく変えることになる。昭和34年に大阪商事(現新光証券)を経て、現在の立花証券に転職する際、創業者の石井久社長が「ウーン、福中出身か、福中出身なら優秀だ、うちの調査部を立ち上げてくれ」と即決。後で知ったが、石井氏は福岡市の近くの大野城市出身。家庭の都合で高小卒で実社会に出て、昭和28年に証券会社を創業して6年後の35歳、小生28歳の時であった。石井社長の「福中卒なら優秀!」という思い込みゆえか、大変なシゴキが始まった。各方面への取材に同伴させられ、そしてレポートの提出、討論の繰り返し「君の記事は難しすぎる学者先生のレポートじゃない・お客さんの八百屋や魚屋のおかみさんでも分かるような記事を書け・・・」と幾度も注意される始末。また、突然「どこそこの会社の資本金と売り上げ利益は」と質問が飛んでくる。会社要覧に手を伸ばそうとすると「モー、イーイ!」と、即答できないと1週間モノを言ってもらえない。仕方なく会社要覧をマル暗記せざるをえない(当時の上場会社は現在の5分の1ぐらい)。お陰でお客さんからは「君はよく知っているなあ」と、株の注文が増える好回転。毎日が数字数字の連続で、福中時代の数学の劣等生がどうにか生きのびられた。福中・福高卒”加油”これも入社早々のころの話。石井社長がゴルフを始めた(3年後にはハンディ4に)。ある日、私の方を見て「君はゴルフはダメ」のご託宣。不審な顔をすると「君は金も暇もないはずだ」と。なるほど・・・と、納得しながらも「日曜日はすることがありません」とやり返す。「決まってるじゃないか勉強、勉強」。福中卒に感謝すべきか恨むべきか・・・。ゴルフの許可が出たのは社長を拝命した昭和63年、私の58歳の時。以来、70歳を超え会長となった今も、なぜか、始めた年齢の半分の29でハンディは止まったまま。石井オーナーは「僕は下手とゴルフはやらない」と、いまだにゴルフの付き合いは皆無の状態。証券業は勉強がすぐ実績につながる職業である。特に国際業務ではレベルが試される。20数年前、フランスの銀行で「日本のこれからの技術はエレクトロニクスとバイオテクノロジーで人間の本質に迫る」とまくしたてた。「日本を中心に世界が動くような話だ。日本人はまだ天動説を信じているのか」と相手はカンカン。フランスはカトリックの国。人間の本質云々が勘に触ったらしい。そこで、宗教を知るため、森本哲郎氏の『そして文明は歩む』を読み、目から鱗・・・。日本の学校教育で宗教、民族、そして文明・文化のかかわりを教育しておかないと、日本はグローバリゼーションの捨て子になりかねない。福中、福高卒健児、淑女、加油(中国語ヂアヨウ=頑張れ)。 ・・・ 続きを読む

踊り子さんよりお吉さんより やっぱり福高の友達さ!【東京あさぼらけ第5号】

高2回生東京同窓会・伊豆旅行の記 ここ数年、「福高2回生東京同窓会」は、貸切りバス利用の1泊旅行が定番だ。昨年は冬景色の磐梯・猪苗代湖だったが、今年は一転して春の訪れが早い伊豆半島一周の旅を楽しんだ。例年、参加者の数は20名を若干超える程度、関西や福岡からも駆けつけている。平成14年は首都圏組が13名、関西から1名、福岡から7名の計21名だった。3月3日、バスは東京駅を出発、福岡組を迎えるため羽田空港に寄り東名高速で御殿場へ。そして箱根大涌谷、箱根神社、十国峠を経て河津に至る。暖かった年で、既に盛りは終わっていたが、あわよくばもう一花と、我らの気持ちを代弁するかのような河津ザクラを見る。宿は南熱川東映ホテル。道路を挟んで渺々たる太平洋。伊豆大島、その先に利島が見える。夜の宴会は、懐かしい少年時代の話から、前立腺やバイアグラなど身につまされる話までいっぱい。K君提供の刺身、福岡組が持参した大賀酒造の新酒などもあって大いに盛り上がった。宴会後のカラオケは、トッパイことA君の独演会。他は刺身のつま。翌日は、西伊豆海岸の車窓から見事な「らんの里」を観賞し、沼津インターから一路東京へと向かった。今回、常連のS君が体調のせいで不参加。K君も持病の糖尿病をいたわって不参加で、彼の「一つ出たホイのやっさホイのホイ」が出なかったのが淋しい。このところ、東京組の減員を福岡組がカバーする格好になっているが、東京在住の諸君はもちろん、福岡や関西からの参加を心から歓迎している。(報告・福岡から参加の斎藤裕三) ・・・ 続きを読む

メーリングリスト fukkou19 学校時代にも増して親しい関係づくりに威力【東京あさぼらけ第5号】

豊田拓男(高19回) 高19回卒は「fukkou19」なるメーリングリストによって広く情報を交換し合っています。始まったのは2000年6月。同窓会の案内状発送や出欠確認などに苦労を重ねてへたばった幹事団が、同窓会後の3次会で、もっと安い費用で簡単に作業できる方法はないものかと話し合ったのが発端でした。現ホームページ管理者が、その翌日にはYahooのグループに無料のページを探し出し、直ちに「fukkou19」と命名して7名のメンバーを登録。この「先覚者」たちによる熱心な勧誘の結果、芋づる式に加入者が増え、昨年10月にはメンバー数はすでに110名を超えました。実に卒業生の5人に1人が加入している計算です。開設してちょうど1年で通信量は千件を突破。この時はメンバーの航空会社支店長から、1年間の発信件数の上位3名(圧倒的1位のご当人を除く)に韓国往復の無料航空券がプレゼントされ、自費参加者も加わって、大勢が元気よく韓国の団体旅行を楽しみました。2年と3カ月目の昨年9月には発信件数は3千を超え、グループ内の情報のやり取りは衰えることを知りません。ホームページの表紙には月別の投稿件数が並び、すべての投稿が保存されていて、いつでも読めるようになっています。常連投稿者は海外勤務者も含め約15名。中には日記代わりに投稿している人もいて、自宅でも会社でもとにかく投稿するつもりのようです。このメールグループの一番の利用価値は、何といっても連絡の速さと広さ。お陰で、昨年の5月に久住高原で実施した卒業35周年の記念合宿旅行を始め、福岡と東京を中心に盛んに集まりが催されるようになり、同期生関連の店々を中心に地域の消費経済の活性化に大いに貢献しています。また、実際の役に立つ情報交換が出来るのもメーリングリストのメリット。趣味、病気、仕事関連、お勧めの店、ボランティア募集などなど、中には直ちに関連ありそうなホームページを貼って送信してくれる人もいて、情報収集に関しては便利このうえなしです。「fukkou19」には写真アルバム代わりの共有フォルダもついていて、何か行事があると、その際の写真を収めるようにしています。これを見ていると、かつての美少女、美少年の変わりように深い感慨を覚えることがあります。親切でかゆいところに手の届くページ管理者、行事を企画し取り仕切る元総務・副総務、それに各方面から話題を提供する投稿者たちによって、高19回生は学校時代よりもずっと親しみのある関係を作りつつあります。会員制のページなので、他の学年の方に覗いていただけないのが残念です。 ・・・ 続きを読む

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