西山峰雄(中学21回)

2001年11月20日未明、しし座流星群が乱れ飛んだのを覚えている方も多いでしょう。一方向を見ていただけでも1分間に2300個、1分平均に40個、時には1秒20個以上も飛びました。全天を見ていたら5000個以上カウントされたといいます。日本でこんな大出現は過去の記録になく、世界でもここ300年で数回だけです。
私は横浜市戸塚区の自宅そばの小雀公園で午前1時半から空が白むまで写真撮影と計算観測をする予定で待機したのですが、あいにくの雲。あきらめて3時半に寝たら、その直後の4時頃から晴れて横浜の空でも600個くらい見えたというのです。残念至極!でした。
天文現象はただ1回しか起こらない、その時どんなに曇っていても最後まで頑張らなければいけないというのが鉄則です。今回はこの鉄則を、昭和17年に日本天文学会に入って60年の私が破ってしまったのです。風邪をひいていたので、このへんでと思ったのが間違いでした。重ねて残念至極。
しかし、実は風邪のせいばかりでなく、喜寿を超えた私の目が、空を眺めても、特に流れ星のように流れる光が見えにくくなったこともあるのです。
そこで、10年前からは実際の星空よりも、天文の歴史、古星図などの資料集めと研究に力を入れています。日本に限らず、ビルマやカンボジア、タイ、インド、中国などの星座・星図を調べたり、資料集めをしています。
最近も和紙に描かれた81×3.14[判読困難]四方もある江戸時代の、朝野北水作の巨大星図の研究・保存のための模写に取り組んでいます。
そうした合間には、世界各地に「日食観測遠征」に出かけています。1987年9月の中国海南島、88年3月のスマトラ島、91年7月のメキシコに続き、99年8月にはイラン・イスファハンに皆既日食を見に行きました。写真はその時のもので、右から2人目が西山さん、イスラムの女性もチャドルを少し上げての記念撮影です。
私がこんなに天文好きになったのは福中時代のこと。夏休みにやった太陽の黒点の継続観測で物理の井山先生に一等賞をもらったことで拍車がかかりました。
以来、会社時代には「日食を見に行くなら、会社を辞めていけ」と言われたり、妻に「給料をもらっていたのが不思議なくらいですね」と冷やかされたりしながら、長くて楽しい天文との付き合いが続いています。
最後にもう一つ。私がたくさん軌道計算をしたので、小惑星6745番に「西山」の名前をつけていただいています。