分子の大きさの文字や絵を描けるまでに
次世代技術の研究で世界をリード
ナノテクの“未知案内”役 高校18回・松重和美さん

さまざまな面で壁にぶち当たり、自信喪失状態に陥っている今の日本――。だが、どっこい、元気いっぱい世界をリードしている分野があります。代表格がナノ(10億分の1)テクという分子レベルの超微小世界の開発。現在のコンピュータの100万倍の情報容量を持つ分子コンピュータや優れた同時並行処理能力のDNAコンピュータの開発、さらには再生医療の発展にもつながる夢の最先端技術です。その世界の先頭に立つ高校18回(昭和41年卒)で京都大学大学院教授の松重和美さんに聞きました。

出張の合い間に編集部のインタビューに気さくに語ってくれた松重さん(都内のホテルで)

技術的に限界が見えてきた現在のコンピュータ
米国では、クリントン大統領時代の早い時期から「ポストIT」としてナノテクが国家戦略として位置づけられ、大きな予算が割かれてきたといわれます。
そんな中で、同窓の松重さんを先頭にした日本の研究者がこの分野で世界をリードしているのは、誇らしいことです。
そこで、まずナノテク、とりわけ松重さんの研究の中心テーマである分子コンピュータの「イロハ」について、素人の私たちにもわかるように解説してもらいました。
「現在の半導体素子の微細化、すなわちコンピュータの小型化はまもなく技術的に限界が来ます」と松重さんは指摘します。
それは、シリコン基板に光学的に電気回路を作成する今の技術では、光の波長の関係で微細化には限界があり、その壁が見えてきているのです。
これをどうやってブレイクスルー(突破)していくか。それが、松重さんが取り組んでいる分子ナノエレクトロニクス技術です。一つ一つの有機分子の電気特性を利用して、これまでよりケタ違いに小さい全く新しいデバイス(素子)を創り出そうというのです。
ここでカギを握るのが、電気回路の素子として働いてくれる有機分子の合成・操作技法の開発です。この有機分子の操作技術で松重さんの研究は先端を走っており、写真のように分子を電気的に動かしたりくっつけたりして、分子大の大きさの「京大」という文字や鳥居のマークを描けるところまでコントロールできるようになっています。

人類の進歩のカギを握る新技術
この先に見えてくるのが、現在のコンピュータの100万倍の記憶容量を持つ分子コンピュータなのです。もっとわかりやすく表現すると、例えば今は10数曲がせいぜいのCD1枚に数万曲も入るというスケールです。さらに、紙のように巻けるテレビやコンピュータ、そして耳の中に入れると外国語が母国語になって聞こえてくる超小型同時通訳機や、脳に埋め込んで視覚などの障害を克服できるようになるといった「人間にやさしいコンピュータ」も実現するのです。
つまり、人類の進歩のカギを握っているといっても言い過ぎでない新技術なのです。
では、その実現はいつのことか――。松重さんは、「まだ、2合目か3合目」と言います。これから10~20年かかるかもしれない息の長い、根気のいる研究なのです。
しかも、従来のような1つの分野だけにとどまった研究のやり方では全く歯が立ちません。物理、化学、工学など多くの分野が、専門の壁を超えて協力挑戦しなければ実現は望めません。
ここでモノをいうのが、いろいろな分野をつなげたり、調整できるまとめ役、索引役の存在で、松重さんはそれにぴったり。
九大理学部卒業後、工学部に移り、しかも米国留学、母校九大工学部教授、そして京大工学部教授と、活躍の舞台と研究テーマを次々と発展させてきただけでなく、ナノテク研究にまだ予算があまり付かなかった時代に、研究に必須の走査型トンネル顕微鏡を手づくりしたりといった先駆者としての苦労の経験が、松重さんを異分野を融合させなければ見えてこない「ナノの世界」「大きな夢の世界」への“未知(道)案内”役にしたに違いありません。
実際、松重さんは、異分野の融合や産学連携などによって新しい学問領域の創造や新産業の創出、大学発のベンチャービジネスなどを目指して設立された同大学の国際融合創造センター(http://www.iic.kyoto-u.ac.jp)とベンチャー・ビジネス・ラボラトリー(http://www.vbl.kyoto-u.ac.jp)両施設のセンター長・施設長も務め、とかく一国一城の主になりがちな教授陣、研究者、利害の対立する企業を見事にまとめあげています。その実績から、政府の知的財産戦略会議の専門調査会員にも任命され活躍中です。

再生医療などの大きな夢が広がるナノの世界
ナノテク研究は、分子コンピュータに関する分子ナノ工学にとどまりません。バイオナノ工学では、一人ひとりの患者さんに合った病気の治療薬の開発や臓器の再生医療、さらには現在のコンピュータが苦手とする効率的な通信経路を決めたり、暗号など複雑な問題を解くDNAコンピュータの開発が期待されています。
自然と人間にやさしい科学でなければダメ
それだけ可能性の大きいナノテクだけに、人間、人類、ひいては地球全体への影響も大きいものが予想されます。倫理の問題や技術開発の判断基準など、科学と科学者のあり方、人間社会のあり方までが問われることになるわけですが、松重さんは「自然と人間にやさしい科学でなければなりません」「人間としてのベースに深いものがなければ、いかに科学が進歩してもダメです」と強く指摘します。
そして、「例えば、今取り組んでいる研究の一つですが、有毒な鉛を使わないハンダの開発や、水銀を使わない蛍光灯の開発など、環境というファクターを意識した技術開発が求められているのです」と語ります。私たちが当たり前のことのように思い込んでいる技術でも、常に人間や環境といったファクターを考えながら、その真の価値を見直していく必要があること、そうした視点を持つことの大切さを語る松重さんでした。

ぜひ母校での講演を
東光中出身で、福高時代は「物理部の部長をしましたが、どちらかというと目立たない生徒でした」と笑う松重さんは、若い同窓生たちと、学齢期の子供を持つ同窓生に「あまり妥協しないで、自分のやりたいこと、やるべきことを考えていれば、それなりに道は拓けるものです」とアドバイスのメッセージを送ってくれました。
こうして世界最先端の話を同窓生だけが聞かせてもらうのは勿体ない。在校生たちのために母校で講演などされる機会を、ぜひつくってほしいものです。

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