東京福中18会の始まり 諸岡健次郎(高1)

昭和18年に入学した吾々が「東京一八会」として東京で初めて会合をもったのは昭和56年の2月のことである。その時は幹事役として飯田俊郎君と渡辺哲□君が世話をしてくれた。ラグビーの土屋英明君や志波正孝君、それに土屋君と小学校で一緒だった國崎一郎君などが旗振りをしてくれたのではないかと思われた。在京者の数十名に招集をかけ築地の新三浦に次の顔ぶれ即ち、

飯田俊郎、内田□、片山伸也、國崎一郎、志波正孝、田渕靖昌、土屋英明、平野治、帆立昭蔵、宮石哲郎、三秋順蔵、宗俊博人、森浩民、諸岡健次郎、渡辺哲□の15名が集った。

殆んどの者が卒業以来初めて会うようなことで幼な顔から夫々を思い出すのに時間がかかるような有様であった。
然し会場は博多の老舗「新三浦」の東京の店(この店は白井善三郎さん〈高3〉、現在は日本ラグビー協会の専務理事、□が代表者の店である)なので料理は勿論、博多での馴染みの深い鶏の水炊きである。当時この店に博多弁のうまい仲居さんが居て「今日のお客さんはみーんな本物の博多弁の解る人ばっかりやけん私も嬉しかー」と仲々座持ち良く世話をしてくれるものだから、一同はすっかり博多に居るような気分になり、大いに食べ、大いに飲み、そして大いに喋ったものでした。

そして、一次会ではおさまらず二次会へ行こうということになり、土屋君が「ロイツ」へ皆んな来やい!というのでタクシーに分乗して新宿歌舞伎町の店へ行ったことが想い出される。この日が契機となり、その後毎年欠かさず集まるようになり現在まで続いている。その後の様子は次号以降に、想い出しながら記述して行きたいと思っている。

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