久保和子(高15回)

15年前のある日、娘が中学から帰宅するなり「外国の人泊めてもいいでしょう、もう決めたんだから」。この一言が私の国際交流ボランティア活動の入り口となりました。
当時殆どの市民が外国人と接したことのない千葉県市原市に、ニュージーランドのパクラ市から5名が1週間のホームステイに来るというのです。そして、我が家には1人の女子高校生がニコリともせず現れました。彼女は初めての海外経験でした。見る物・食べるものすべてが奇異に映ったようです。我が家の食卓には肉料理・和食が並べられ、筆談交じりの生活の始まりです。
また、到着後数日間「お腹いっぱいだから食べたくない」と言って夕食に出てきません。何が気にいらないのか随分気を揉みましたが、意を決して「どうして食べないの?」と聞きました。「宗教上肉はダメ、和食は嫌い、昼間みんなと観光している間にスナック菓子を食べているからお腹いっぱい」との返事。でも、その後少しずつ家族に溶けこんでいきました。習慣・文化の違いを痛感した1週間でした。
半年後こちらから大挙してパクラに行くことになり、私も娘と参加しました。帰国後、何の挨拶もなかった彼女が、あちらでは我々のホストファミリーになってくれていたのです。日本では見せたこともない笑顔で家中を案内し、欲しい物・足りないものあれば遠慮なくとのこと。その夜は歓迎パーティで、お土産のけん玉にうち興じ、ピアノやフルートでもてなしてくれた彼女とその妹。帰り際にママから「あんなに内気で気難しい子が日本から帰ってから見違えるように明るくなった、1週間大変だったでしょう。ありがとう」と言われ、感激のあまり涙がこみあげてきました。
この最初の往来で、たとえ習慣・文化・宗教が違っても真心こめてオープンに接すれば互いに理解し合えるとの実感が、その後15年間も国際交流ボランティアを続けてこられた原動力となっています。姉妹都市・姉妹県と交流の輪も広がり、最近もロサンゼルスでの裏千家北米大会に参加し、この日本独自の文化が意外に広く深く異国に浸透していることを実感して帰国したところです。