《活躍する同窓の仲間たち》地域に共生の大きな輪を広げる【東京あさぼらけ第3号】
障害もつ長男と「幸せになる道はきっとある」と信じ
多彩な取り組みを続ける 明石洋子さん(高16回)
21世紀という新しい時代を生き、切り開いていく上で重要なキーワードが、共生とノーマライゼーション(特別視しないこと)だといわれます。今回は、まさにその「心と実践」を通して地域に、また全国各地に“温かな人間の輪”を広げている明石洋子さん(川崎市在住)をご紹介します。
「私の人生は真っ暗」と嘆いたことも
明石さんは、長男徹之さん(28歳)が2歳10ヵ月の時、障害があると診断されました。「不幸な子を持つ不幸な親、私の人生は真っ暗になると嘆き悲しみました」と、明石さんは当時の思いを率直に振り返ります。
しかし、持ち前の明るさと母親ならではの強さが、すぐに明石さんを立ち直らせました。「たとえ障害があっても地域の中で充実した人生を送らせてやりたい、幸せになる道はきっとある」と心に決めたのです。「人としての意思を尊重し、社会の中で自立する力を育てる」ことを子育ての基本に据え、「あたり前に地域で生活ができる環境を作ろう」と、真のノーマライゼーションの定着をめざし、一貫して地域の中で活動。住んでいる神奈川県内だけでなく、日本全国、海外での講演などを通して理解と支援のネットワークを広げています。

ふれ合い、理解し合う場を共有しようと
徹之さんが自閉症と診断された頃は、まだこの障害を持つ子供たちのための療育などの環境はほとんど整備されておらず、しかも、社会的な無理解や誤解・偏見などが大きな壁をつくっていました。徹之さんには重複障害があり、さすがに明るい明石さんも大きな絶望感と孤立感に襲われたことがあったといいます。それでもくじけず、同じ障害児を持つお母さん達と「地域訓練会」を運営し、連帯感を深めていきました。それが「地域に生きる」原点となったのです。
徹之さんの成長と一緒に、障害児の保育園への入園運動や普通学級進学運動、さらに学童保育や高校入学への取り組みなど、徹之さんが地域の同年代の子供たちとふれ合い、理解し合う場を共有しようと粘り強く運動を続けてきました。
その後、ボランティアグループ「おおぞら共生会」の会長として市民活動にも取り組み、障害児の親に呼びかけ、障害者の働く場として「地域作業所」を2カ所、暮らしの場「グループホーム」を3カ所設立し運営しています。さらに「障害を持った人が住み慣れた地域の中で一生涯安心して暮らせるように」と、「サポートセンターおおぞらの街」を立ち上げました。これが昨年NPO法人(特定非営利活動法人)の認証を受け、理事長として「地域の人が地域の人を支える地域の人のための活動」を展開しています。この「おおぞらの街」には行政からの資金援助はありませんが、賛助会員の支援の輪を広げながら「汗を流そう! お金も出そう!」と苦労を実感に変えて運営しているのです。

ストレスをスパイスに人生を楽しむ
徹之さんは、昼間は地域作業所「おおぞらハウス」(八百屋)で地域の人たちと交流しつつ、自立する力を養ってきました。そうしたなかでたくましく成長、定時制高校卒業後、支援を受けながら知的障害者の公務員雇用にチャレンジ、平成5年から川崎市職員として元気に楽しく働いています。
こうした明石さんのあたたかい愛情と地域の人々の支援の中で徹之さんが自立していく姿は、NHKテレビのドキュメント番組「新日本探訪・笑顔で街に暮らす」で紹介され、障害児者の親に希望と勇気を与えただけでなく、全国に感動の輪を広げました。
初めは不幸な人生と嘆いたこともあった明石さんでしたが、徹之さんのおかげで多くのことを学び、多様な価値観を心から認められるようになり、「人」という最高の財産を増やし、ストレスをスパイスに変化に富んだ人生を楽しんでいます、と明るく言い切る表情は美しく輝いていました。
[プロフィール]
箱崎小→城南中(佐賀市)→福高(新聞部、卓球部、統制委員会)→九大薬学部。現在、医薬品卸で管理薬剤師。全日本手をつなぐ育成会評議員をはじめ、地域の福祉活動の役職多数。家族は同学年で同窓の夫・邦彦さんと徹之さん、大学生の二男の4人家族。長年のボランティア活動で平成8年、国際ソロプチミスト川崎より「女性栄誉賞」を受賞。